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横田めぐみはペルーにて生存!?|【横田めぐみ拉致事件】第3回

※この記事は最後まで無料でお読みいただけます。

拉致事件と3号庁舎
本ブロマガに度々登場し、私が常々取材対象としている北朝鮮元工作員について説明したい。同人は、横田めぐみ拉致事件についても貴重な情報を語ってくれている。何故語ることができるのか、それは元工作員が所属していた「3号庁舎」と呼ばれる部署に理由がある。この3号庁舎とは「情報機関」の通称で、約10年前まで実働していた朝鮮労働党の情報機関である。平壌市の朝鮮労働党3号庁舎に、作戦部、統一戦線部、対外連絡部の3部門が集約されていた為、そのように呼ばれていた。金日成、金正日の2代にわたり、特別な予算と絶大な権力が付与されていた。なお現在、作戦部は軍の偵察局に統合され、対外連絡部は朝鮮労働党統一戦線部の隷下に再編されている。公安関係者は元工作員について、「3号庁舎の工作員に関しては、我々も話を聞いています。かなり詳細に話しているようですね。ウソはなかったと聞いています。但し裏が取れない部分もあります。」と評価していた。私が重要な情報協力者としている所以である。


本回は横田めぐみ拉致事件の第3回目。横田めぐみ拉致事件シリーズは本回が最終回となります。拉致事件の隠蔽に固執し、情報をひた隠しにする日本政府、そんな政府から当然情報も得られず、わずかばかりの情報に振り回されるマスコミ関係者、置き去りにされた被害者家族たちのやるせない気持ち。ぜひお読みくださいませ。

膠着状態から風化へ


前号に、平成16年(2004年)の横田夫妻独占インタビューについて触れたが、私はその前年から横田めぐみ拉致事件の取材を始めており、今日までに随分たくさんの取材を重ねて来た。しかし肝心な部分について何も情報はなかった。だからいつも「何か変化はありましたか。動きはないですか?」というセリフが横田家訪問の折の挨拶代わりになっていた。

「本当に解決してくれれば、家族が苦しいだけのときを何年も過ごす事がないのに・・・、家族の人たちは苦労ばかりです。このままの状態が続けば、家族会のみんなは身体がもたなくなります。早く、早く(被害者を返してくれ)と言い続けるしかないのでしょうか。」

これは平成16年に横田滋氏が集会の直前、控え室で私たちマスコミに語った言葉だ。集まった記者たちは、示し合わした訳でもないのに皆「膠着状態」という題を付けて原稿を書いていた。あれから14年経ってその題は「風化」の二文字になった。

平成14年(2002年)9月17日の日朝首脳会談は、国民世論を一気に沸騰させた。以後は断片的な情報が、スクープ合戦のときどきの勝者によって伝えられた。しかし世論の関心は下がり続けた。平成25年(2013年)には、横田夫妻と孫のキム・ヘギョンとの面会が実現したが、その面会場所にはひ孫にあたる人物も同席していたという読売新聞のスクープがあった。

業界では横田番として有名なTBSの女性記者は「抜かれるとは考えしもなかったです。本当に用心不足でした。どうすればいいのか、もう手を打つことも出来ないです」と、打ち拉がれてとうとう辞表まで書いたそうだ。結果辞めるまでには至らなかったが、このように現場は必死になって新たな情報を探していた。その有様は飢えていたと言っても過言ではなかった。

横田めぐみはペルーで生存!?


このニュースの陰で忘れられた一つの生存情報があった。平成22年(2010年)にもたらされた「横田めぐみは南米のペルーで生存か」というものだ。当時、京都に来ていた横田夫妻に伺うと、

「そんな話はマスコミの中であるようですね。どこからの情報なのですか。私らにはわからないですね。でもめぐみちゃんは生きていますよ。」

という事だった。情報源は内閣府だった。この件のみならず、いつも拉致被害者家族が情報を得る順番は、最後なのである。

本稿を執筆中の平成30年(2018年)11月、関係筋からの情報によると、北朝鮮から「拉致被害者名簿」が届いているという。そこで同人に、ペルー生存情報も含めて横田めぐみがどこにいるのか訊いた。「掴んでいないです。どうも北朝鮮ではなく、他の国という話があります。どこの国かまでは分かりません。ペルーの話は聞いていましたが、その後ですね・・・」と否定しなかった。そこで北朝鮮元工作員にも意見を求めた。

「前にも話しましたよね。犯人は金正日政治軍事大学の学生らです。修学旅行のように韓国や日本に入って来る。そこで将軍様へのお土産として日本人拉致をする。拉致しかないのですよ。それは工作員としての第一歩なのです。北朝鮮では学校に行きだすと、全寮制ですから、親と会う日数は子供によりますが、長く続く休みの日だけですね。へギョンさんも日本で言う中学生から、母親のめぐみさんと離れた生活でしょう。多くても月に一度か二度ほどしか会えなかったはずですね。私のような工作員は本当に会えるチャンスは少ないですね。90年代後半には、横田さんのことを見た、聞いたとの話はなかったです。」

と語った。要は実子でさえも親に会うことが難しいという事である。

平成29年(2017年)12月、ペルーは北朝鮮大使館の外交官2名を追放した。この事がペルー生存情報と関わりが有るのか無いのか、現在は不明である。横田めぐみ拉致事件については、現在も取材を継続している。次に取り上げるときは、横田めぐみ拉致実行犯の実名も公表したいと考えている。


横田めぐみシリーズは今回で一旦終了いたしますが、取材継続中ですので、随時ご報告させて頂きます。

次号からは、いよいよ「田中実拉致事件」に入ります。第3回配信(平成31年1月3日予定)まで無料配信します。どうぞご期待下さい。

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Profile

佐村多賀雄

samurajournal

大阪芸術大学卒。地方紙記者、講談社フライデー、そして週刊現代を経てフリーに。週間フライデー拉致犯追跡チームにて拉致実行犯に対し直撃取材を何度も試み、多くのセンセーショナルな記事をあげる。その膨大な取材量と捜査員など関係者一同からの聞き取り調査は、現在においても色あせることはない。『なぜ犯人が捕まらないのか❓』という疑問に対し、現場の最前線でこの20年近く向き合い続けてきた、拉致事件を専門に扱う異色のジャーナリスト。

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