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横田めぐみ拉致実行犯の実名を告げる!?|【新春特別寄稿】

※この記事は最後まで無料でお読みいただけます。


昨年12月20日に配信した「横田めぐみ拉致事件第3回」(横田めぐみはペルーにて生存!?|【横田めぐみ拉致事件】第3回)の結びに、「次に取り上げるときは、横田めぐみ拉致実行犯の実名も公表したいと考えている。」と予告させて頂いた。今回はその事を中心に新春特別寄稿として、未だ世に報じられた事のない情報について報告する。

田中実拉致事件の第2回は、来週配信しますのでお楽しみに。

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2006年4月に横田夫妻とブッシュ大統領(当時)がホワイトハウスにて面会した時の写真。その後もオバマ大統領(当時)が2014年4月に日本の赤坂・迎賓館にて拉致被害者家族と面会するなど、米国も重大な人権問題として拉致問題を重視する姿勢を見せている。

実行犯は金と崔…フルネームは語らない元工作員


かつて北朝鮮の「3号庁舎」と呼ばれる機関に所属していた元工作員は、前述のとおり私の重要な情報源である。同人は、既に日本政府へ伝えた事と断った上で横田めぐみ拉致実行犯について、以下の様に語った。(3号庁舎について、詳しくは拉致事件と3号庁舎を参照)

「日本のメデイアに大きく取り上げられ、救う会の催しものに積極的に参加していた安明進(アン・ミョンジン)は、一瞬のうちに英雄にされてしまい、自分を見失ってしまった。韓国で薬物に溺れ人生を終わらせてしまった。日本の情報社会に飲み込まれ潰されたと言っても過言ではないと思っています。しかし、彼は誠実に知っている事を伝えようとしていたと思います。そんな彼でも横田めぐみについて話してない事があります。それが実行した工作員の名前です」

「以前話したように、やったのは金正日政治軍事大学の学生5人ですが、うち2名の名前が3号庁舎内の一部で噂になっていました。一人は『金(キム)』もう一人は『崔(チェ)』です。二人とも横田めぐみを連れて来たその日から行方不明になりました。(詳しくは、横田めぐみは金正日将軍への単なるお土産だった?|【横田めぐみ拉致事件】第1回)私がこれを聞いたのは90年代、3号庁舎の同僚からです。このような事柄を工作員同志で話すことはまずありませんが、それほど大きな噂になっていたと言う事です。この二人の家族と親戚も同時に平壌から姿が消えました。その事実も噂の信憑性を裏付ける事となり、噂の拡大に役立ちました。」

一族郎党が処分されたと聞くと、金も崔も処刑されたものと考えてしまうが、案外そうでもないらしい。以前の記事ではもはや工作員としての生命が絶たれたと記載したが、一定期間の再教育期間を経て、今度は組織の幹部として再出発する事もあるということだ。元工作員は実行犯の実名として2名の名字を挙げたが、非常に多い名字であり、にわかには信じ難い。この点を質すと、フルネームを言ってしまうと簡単に人物が特定されてしまうそうである。

これらの話しを踏まえて、日本の政府関係筋に聞いてみたところ次の様な所感が返ってきた。

「その人は、任意の事情聴取において横田めぐみ拉致実行犯のフルネームについては話していません。当時政府が把握していた工作員の顔写真とプロフィールが載っているアルバム数冊を示して訊いてみた様ですが、横田めぐみ拉致事件以外の事は色々喋ったみたいですが、その事は何も言わなかったそうです。」

後日アルバムの事も気になるので、元工作員を訪ねた。同人は「日本の警察は、工作員全てを調べている。そこで怖くなったのです。要するに私は協力者として登録され、警察内でアルファベットなどのネームで呼ばれる様になる。これ以上を話すのを躊躇せざるを得ませんでした。」と語ってくれた。

金や崔のことを知る脱北者もいない、裏取りは不可能なのか。唯一可能性がありそうな線がある。金正恩の母親の親戚が、岐阜県内に北朝鮮から帰っている。前金剛山歌劇団長である。この人物なら知っているかも知れない。接触の糸口を探すべく、同年代の金剛山歌劇団のOGを訪ね、大阪市内の拠点を徹底的に調べている。現在も継続中だ。

元工作員は、何故私に実行犯の名前を告げたのか。いっその事横田夫妻に直接言ってあげれば良いと思うのだが、この点については「悔いが残りますね。家族とは話したかったです。私が経験した工作員の気持ち、そして北朝鮮のことをね。私は、拉致被害者を見たことはないですが、平壌市内で衣装が違う人を見たことはあります。その時に、北朝鮮には日本人がいると聞いていましたから、もしかしたらと思いました。百貨店でも一般人とは接触出来ないようになっていますから、一目瞭然でした。同僚や上司から聞いた事情とも一致していました。そんな様子を家族に話したかった・・・」と語っている。


元工作員と被害者家族との接触を禁ずる日本政府


しかし一方でこれまでに元工作員は、政府や司法当局による事情聴取に応じており、この事により、拉致被害者家族らと個人的に話すことが出来ないという。身の安全と引き換えに受け入れた箝口令でもあったのか。とても興味深い問題であるが、一切黙して語らない。但し「家族には本当の事を話して欲しい」と日本政府に注文を付けた。

元工作員は足に持病を抱えており、痛みが出て辛いと訴えている。日本で医療を受けられるのだから幸運ではと思うのだが、存外不満で一杯のようである。「日本の病院は待ち時間が長い上に、即座に効く薬もくれない。北朝鮮では直ぐに注射をして痛みを取り除いてくれるのに、何だという思いです。ある日担当医に対して、あなたの事を医者とは思えないと言って激怒したこともあります・・・」と語った。この点について関係筋は、「病院の不満は聞いていますよ。北朝鮮の病院は、覚せい剤を使用しますからね。一週間か10日、マヒして痛みは無くなりますからね。」と教えてくれた。なるほどである。

病院について、この雑談だけで終わった訳ではない。北朝鮮と日本の医療に対する考え方の違いについて話しているうちに、北朝鮮の特別な産婦人科病院についての話題に移った。

「拉致被害者の曽我ひとみが、平壌産婦人科病院で有本恵子を見たと言っていますが、このとき有本恵子にはベンツが用意されていたそうです。それどころか、金正恩も正哲も妹もそこで産まれているのです。横田めぐみも間違いなくここで娘のヘギョンを産んでいます。そのヘギョンもまたここで子供を産んでいます。党の高官等が子供を産む、この病院のカルテがあれば最も確実な拉致被害者情報となるに違いありません。」大きなヒントをもらったが、手も足も出せない。

前出関係筋は、「平壌産婦人科病院ね。関係者の脱北者がいないのです。情報すらないです。金萬有(キムマニュウ)病院ならね・・・」とお手上げだった。金萬有病院とは、東京の西新井病院を設立した在日朝鮮人金萬有の資金提供により昭和61年(1986年)に開設された平壌市の総合病院であり、寺越武志の父である故寺越太左衛門も糖尿病の治療を受けていた病院である。平成17年(2005年)に警視庁公安部は、総連科協(科学者協会)をガサ入れした。このとき押収されたパソコンから、西新井病院の情報を得ているはずだ。当然金萬有病院の情報もそこから得られているだろう、関係筋が言う「あそこの情報なら・・・」という話は本当だと思う。

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横田滋氏より頂いた直筆の手紙の一部。滋氏の拉致問題が全く進展しないことに対するやるせなさが伝わってくる手紙だ。


ここに掲載した横田滋氏からの手紙は、平成21年(2009年)に高知市の講演会の写真を送った礼状である。若い人たちに期待を寄せているこの手紙を、是非ご一読頂きたい。被害者家族が元工作員に話を聞きたいといっても、日本政府がそれを禁じているのである。元工作員は話したいと言っているのに…。そんな日本政府、与党自民党を含む既存政党に期待できないと滋氏は手紙で述べておられる。当たり前であろう。滋氏もなぜ日本政府が拉致事件解決をここまで「妨害」するのかと訝しむ。

「どうして拉致問題は解決しないのですか。ここまで警察などが(詳細な情報を)知っていてね。荒木さん(特定失踪者問題調査会代表)が、色々と話している通りですよね。それを政府は何も言わないのが不思議でならないのです。」(荒木氏はこちらでも積極的に情報発信している。荒木和博BLOG

今年、「拉致問題は動く」と政府内では専らの話の様だ。北村滋内閣情報官が北朝鮮側との接触を図っているのがその証だという。今回登場した関係筋が昨年末、私に語った。


次回は田中実拉致事件の第2回を配信します。捜査関係者が作成した詳細な事件の相関図(チャート図)を公開します。未だ公表されたことのないものです。どうぞご期待下さい。次号も無料配信します。

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Profile

佐村多賀雄

samurajournal

大阪芸術大学卒。地方紙記者、講談社フライデー、そして週刊現代を経てフリーに。週間フライデー拉致犯追跡チームにて拉致実行犯に対し直撃取材を何度も試み、多くのセンセーショナルな記事をあげる。その膨大な取材量と捜査員など関係者一同からの聞き取り調査は、現在においても色あせることはない。『なぜ犯人が捕まらないのか❓』という疑問に対し、現場の最前線でこの20年近く向き合い続けてきた、拉致事件を専門に扱う異色のジャーナリスト。

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