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最初の拉致事件‐宇出津事件|【宇出津事件】第1回

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宇出津(うしつ)事件とは
1977年9月18日に石川県能登半島の宇出津で発生した拉致事件。宇出津はこの地方の旧町名であり、今でも宇出津商店街や宇出津新港などその地名は地元民に親しまれている。この宇出津を代表する石川、福井両県のリアス式海岸(大小多数の入江が続く、海岸線が複雑なことが特徴)は北朝鮮工作員がゴムボートで接岸し、工作員を送り込むのに適した海岸線であった。この事件の被害者・久米裕(くめゆたか)(当時52歳)は北朝鮮工作員である在日朝鮮人李(り)の偽計により騙され、北朝鮮からやってきた屈強な工作員の男たち複数名にこの海岸より工作船に乗せられ北朝鮮へと渡った。久米は政府認定拉致(日本政府が公式に拉致被害者と認定した事件・被害者をいう)の一人であり、今も日本に帰国出来ていない。
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私は、平成14年(2002年)から大阪市内の事務所とは別に、金沢市内の一軒家を現地拠点として確保、大阪—金沢を行き来する取材活動を始めた。当初の取材対象は寺越武志(てらこしたけし)の母寺越友枝(てらこしともえ)だった。同年10月に武志は一時帰国する。その武志の帰国に合わせて、多くの報道機関が取材に詰めかけていた。情報交換も活発で、金沢の拠点として借りた一軒家は毎晩情報交換と称した飲み会が開かれていた。

当時の取材は、毎朝友枝の自宅へ日参することから始まる。大阪からやってきた「よそ者」に、はじめ友枝はまったく心を許さなかった。だから毎朝通っていたのである。そんな私の姿を見て話したくなったのか、飲み会に参加していた地元紙記者が「宇出津事件を知っていますか?事件当時、捜査担当であった石川県警の元刑事が金沢市内にいるのですよ」と思いもよらない重大な事実を教えてくれた。にわかに宇出津事件が、世間で報じられている最初の拉致事件の被害者・久米裕が取材対象者として急浮上する契機となった。

これ以後、能登半島を北上して輪島を経て宇出津へ何度も足を運ぶことになったが、宇出津の町は住民も心穏やかで本当にのどかな小さな港町である。北朝鮮の工作員が活動している場とは到底思えなかった。しかし前出記者によれば「宇出津は複雑な海岸線が広がり、工作船が出入りする場所としては最適なのです」という。

寺越武志は3日間の一時帰国を終え北朝鮮へ戻った。武志と母・友枝へのマスコミによる取材攻勢も一段落した。多くの記者が引き上げる中、私は金沢にとどまり車で宇出津へ赴き聞き込み調査を開始した。年が変わり春から夏へ、そして海水浴客でごった返していたのが嘘のように、静けさを取り戻した初秋のある日、輪島から宇出津へ向かう車中で携帯電話が鳴った。

旧知にしている公安関係者から「以前佐村さんにお願いされていた、宇出津事件の捜査担当だった元刑事の住所ですがね。ようやく分かりましたよ。まだ宇出津で調べているのでしょう。すぐにメールを送りますね。」ついに元捜査員の自宅が判った。明日からは金沢の元捜査員に対する取材交渉だと思いつつ、若干心が浮き立つのを感じながら宇出津での聞き込みにも力が入る。


次回は、宇出津事件シリーズの第2回目。石川県警の宇出津事件担当であった元刑事への取材交渉の話を書きます(拉致事件担当の元捜査員と接触!|【宇出津事件】第2回)


※本来は無料でのブロマガ配信を考えていたのですが、フリーでの取材活動を続けていくために経費ねん出の必要性もあり、月500円の購読料のご負担をお願いすることとなりました(第6回目まで無料)。このブロマガは私の体力が続く限り継続していくつもりです。よろしければ拉致事件の真実を一緒に考えていただきたく、何卒ご購読をお願い申しあげます。

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Re: 北朝鮮拉致実行犯を追求する

> 有料購読をお願い申し訳上げます。

コメントありがとうございます。また返信が遅れましたこと、誠に申し訳ございません。
佐村ジャーナルは宇出津事件シリーズ第7回目(10月4日予定)より有料配信となります。
10月4日以降より、有料購読のためのお手続きをサイト上にてご用意いたします。
どうぞまた本ブログを10月以降にご閲覧いただきました際に、お手続きを何卒宜しく
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10月よりご提供いたします特別編の記事に関しましては、無料配信させて頂く予定でござ
います。どうぞそちらも合わせてご閲覧いただければうれしく存じます。

重ねまして、ご返信が遅れましたことお詫び申し上げます。
今後も佐村ジャーナルを何卒宜しくお願い申し上げます。
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佐村多賀雄

samurajournal

大阪芸術大学卒。地方紙記者、講談社フライデー、そして週刊現代を経てフリーに。週間フライデー拉致犯追跡チームにて拉致実行犯に対し直撃取材を何度も試み、多くのセンセーショナルな記事をあげる。その膨大な取材量と捜査員など関係者一同からの聞き取り調査は、現在においても色あせることはない。『なぜ犯人が捕まらないのか❓』という疑問に対し、現場の最前線でこの20年近く向き合い続けてきた、拉致事件を専門に扱う異色のジャーナリスト。

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