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拉致事件担当の元捜査員と接触|【宇出津事件】第2回

※この記事は最後まで無料でお読みいただけます。

宇出津(うしつ)事件とは
1977年9月18日に石川県能登半島の宇出津で発生した拉致事件。宇出津はこの地方の旧町名であり、今でも宇出津商店街や宇出津新港などその地名は地元民に親しまれている。この宇出津を代表する石川、福井両県のリアス式海岸(大小多数の入江が続く、海岸線が複雑なことが特徴)は北朝鮮工作員がゴムボートで接岸し、工作員を送り込むのに適した海岸線であった。この事件の被害者・久米裕(当時52歳)は北朝鮮工作員である在日朝鮮人李の偽計により騙され、北朝鮮からやってきた屈強な工作員の男たち複数名にこの海岸より工作船に乗せられ北朝鮮へと渡った。久米は政府認定拉致(日本政府が公式に拉致被害者と認定した事件・被害者をいう)の一人であり、今も日本に帰国出来ていない。
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空振りに終わった初回の取材


今思えば、若い頃は向こう見ずだったと思う。今回のような場合であれば、迷わずその元捜査員が住む自宅のインターホンを鳴らしに行ったであろう。しかし、このときは迷っていた。理由は、この時の私はまだ宇出津事件の全容を理解していなかったからだ。当時フライデーの記者をしていた私は、編集部に頼んで本社から資料を取り寄せた。元捜査員の情報を提供してくれた地元紙記者からも数度にわたりレクチャーを受けていた。

まだ不安はあった。元捜査員への接触は、初回が最後のチャンスとなる場合も十分考えられる。当然だが現役引退後も守秘義務があるからだ。その為には、一瞬の場面を切り取るカメラマンを同行させるべきだが、手配していなかった。フライデーは写真週刊誌である。写真がないということは致命的である。そんなことを色々と考えながら車を元捜査員の自宅へと走らせた。そこは、金沢市内の新興住宅地だった。

元捜査官は在宅だったが、予想通り取材には応じてもらえない。仕方がないので自宅近くに車を停め、彼が自宅より外出するのを待つことにした。失敗したのは昼食の弁当を買うところがないこと。腹が減って、市街地へ戻るべきか思案しているうちに夕方になっていた。季節は冬、金沢で味わう2度目の冬だ。天気予報では今晩から雪が降ると言っている。19時ごろまで粘った初回の取材は空振りに終わり、金沢で拠点としていた市内の一軒家へ戻った。

戻ってすぐに、旧知の地元紙記者に連絡を入れ近況を報告した。過去に取材を試みていたその記者は、「名前の挙っている元捜査官の中では、色々と話してくれる方ですよ。でも、肝心なところになると、口が固いですね。石川県警の警備部公安課に所属する現職捜査官に聞いてみても、あの人は無理だろうと言っています。」と取材の困難さについて語ってくれた。

再び元捜査員の自宅へ


翌朝は午前6時に現地へ向かった。早朝の散歩など取材対象者が出てくるところを狙うのだ。路面はシャーベット状で雪国を知らない者には運転し辛かったが、なんとか昨日と同じ場所に停車し、そのときが来るのを待った。近所の人の目がそろそろ気になりはじめた。昨日も早朝から19時まで車を止めていたのだ。ここであとどれぐらい粘れるのだろうか。加えて午後になると雪が本降りになってきた。「今日はもう出てくる事はないだろう・・・」

そう考え始めた頃に玄関の扉が開き、年配の女性が私の車のところまで恐る恐るという足取りでやって来た。元捜査官の奥さんだろうか。その女性が「『主人が入って下さい』と言っています。声をかけに来ました。」と告げるではないか。ようやく取材許可が下りたのか?元捜査員の中でも口の堅さで有名だと聞いていたのに、それでも半信半疑ながら自宅に上がらせてもらった。玄関に入ると応接間にすぐ通された。元捜査官はその応接間のソファに腰かけており、私が部屋に入ると「やあやあ」といった感じで出迎えてくれる。こういう相手だからこそ余計に気が抜けない。警察関係者独特の雰囲気はドアに入る前からひしひしと伝わってきていた。

お互いの挨拶も簡単に済ませると、彼は開口一番「Uさんのところは行きましたか?」と尋ねてきた。Uさんは、この元捜査官と共に宇出津事件で当時捜査にあたった同僚の名である。「まだ行っていません」と答えると、「そうですか、そっちへ回ったのはNHKさんかなあ」と言った。やはり複数のメデイアが動いているようだ。この頃(2002~2003年)はどこもかしこも拉致事件一色であった。
元捜査員はこのとき70代、穏やかな物腰ながらも眼光は鋭く、刑事の目をしていた。これからが本番であり、苦戦を予想していたが、大きな山は越えたような気がした。


次回は、宇出津事件シリーズの第3回目。石川県警の元捜査員から受け取った重要な捜査資料を公開します(拉致担当の元捜査員から提示された驚愕の捜査資料|【宇出津事件】第3回)


※本来は無料でのブロマガ配信を考えていたのですが、フリーでの取材活動を続けていくために経費ねん出の必要性もあり、月500円の購読料のご負担をお願いすることとなりました(第6回目まで無料)。このブロマガは私の体力が続く限り継続していくつもりです。よろしければ拉致事件の真実を一緒に考えていただきたく、何卒ご購読をお願い申しあげます。

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Profile

佐村多賀雄

samurajournal

大阪芸術大学卒。地方紙記者、講談社フライデー、そして週刊現代を経てフリーに。週間フライデー拉致犯追跡チームにて拉致実行犯に対し直撃取材を何度も試み、多くのセンセーショナルな記事をあげる。その膨大な取材量と捜査員など関係者一同からの聞き取り調査は、現在においても色あせることはない。『なぜ犯人が捕まらないのか❓』という疑問に対し、現場の最前線でこの20年近く向き合い続けてきた、拉致事件を専門に扱う異色のジャーナリスト。

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