FC2ブログ

拉致担当の元捜査員から提示された驚愕の捜査資料|【宇出津事件】第3回

※この記事は最後まで無料でお読みいただけます。

宇出津(うしつ)事件とは
1977年9月18日に石川県能登半島の宇出津で発生した拉致事件。宇出津はこの地方の旧町名であり、今でも宇出津商店街や宇出津新港などその地名は地元民に親しまれている。この宇出津を代表する石川、福井両県のリアス式海岸(大小多数の入江が続く、海岸線が複雑なことが特徴)は北朝鮮工作員がゴムボートで接岸し、工作員を送り込むのに適した海岸線であった。この事件の被害者・久米裕(当時52歳)は北朝鮮工作員である在日朝鮮人李の偽計により騙され、北朝鮮からやってきた屈強な工作員の男たち複数名にこの海岸より工作船に乗せられ北朝鮮へと渡った。久米は政府認定拉致(日本政府が公式に拉致被害者と認定した事件・被害者をいう)の一人であり、今も日本に帰国出来ていない。
ushitsu_chart_org.jpg

ushitsu_chart.jpg

【チャート図】元捜査員が提供してくれた捜査資料の一つ。宇出津事件に関わった関係者の相関図である。(上:筆者が書き写した資料(ぼかしを入れている)、下:本資料を書き起こした図)

机に置かれた一冊の古びた綴り


ソファーに腰かけた元捜査員はにこやかに私を迎え入れてくれた。私は真向かいに座り挨拶の口上を始めるのだが、机に置かれた1冊の古びた綴りが気になって仕方がなかった。調書など拉致事件の捜査資料が綴られたものである事は一目で分かった。それもかなり古い。もとは白かったはずだが、手垢などで相当に変色しており、時の経過を如実に物語っていた。

「UさんのところにはNHKさんが行ったようだね。先程Uさんに電話したら、そう言っていました。それでうちにも報道が来ていると話したら、Uさんがね、家に入れて話してみたらと言われましてね・・・」と、彼は取材を受け入れた経緯を語り始めた。私は、そのやり取りの最中も綴りのことが気になって仕方がなかった。そんな私を見透かしたように、「そう、これが見たいのでしょう。重大な事件だったからね。だから第一線を退いた今でも時々読み返しているのですよ。」と切り出した。退職しても、心の中では整理がついていないのだ。実に刑事らしい刑事だ。

そして彼は「トイレに行ってきますね。時間は5分ぐらいですよ」と告げると、応接間を出て行った。たぶんその間に捜査資料である綴りに目を通していいですよ、ということであろう。怖々、その綴りをめくった。やはり宇出津事件の捜査資料だった。一旦警察庁に送られた後、石川県警に戻されたものらしい。表紙の右上には個別番号が付けられていたが、もはや判別できないほど汚れていた。かろうじて末尾の番号のみしか読めなかった。

5分が経過した頃、元捜査員が戻ってきて、「どうでしたか、5分では読めないですよね。それで、最後の頁を見ましたか。」と言った。私が大急ぎで斜め読みしていたとき、思わず手が止まったのも最後の頁だった。鳥肌が立つような興奮を覚えた瞬間だった。「この印象的なチャート図ですね。」と、私は即答した。

私も事件記者として飯を食ってきたので、数々の捜査資料を見てきた。しかしこの時のものは、これまで目にしてきたものとは明らかに違っていた。ほとんどの頁はタイプライターで仕上げられているのに、所々に手書きの調書が挿入されているのである。おそらく新しい事実が判明した段階で何度も手作業で更新されてきたのであろう。最後の頁は、関係者の相関関係を図解したチャート図だった。これももちろん手書きである。

元捜査員は納得したように大きく頷きながら「これが大事なのです。必要なら提供してもいいですけど、そのチャート図は手書きで写して下さいね(チャート図は本文冒頭に掲載)。写真だと、図を私が出したことが分かるからね。この図はね、私が肩たたきにあって職場を去るときに、若い人たちにも一目瞭然で分かりやすくしたものなのです。間違いなく、この図は拉致犯罪を起こした加害者たちの相関関係を描いたものですよ。」と言った。

私は、コピーを取るか接写したかったが言えなかった。何故なら、彼は他にも色々と資料はあると話しているからだった。第一級の捜査資料に興奮しながらも、私が手書きでチャート図を写し終えると、「まだまだ宇出津事件の全貌はこれからですよ。取材があるときには事前に電話して下さい。また私も県警に行くことがあるし、新しい情報に触れる機会もあるから・・・」と、喜ばしいことに今後の取材も受け入れてくれると言ってくれた。私の宇出津事件に対する熱意が少しでも伝わったのであろうか。当時宇出津事件の担当であった元捜査員とこうもうまくパイプを築けたことは本当に幸運であった。

元捜査員の自宅を出て車に戻ると、さっそく編集部に連絡を入れた。「早くそのチャート図や捜査資料を送って欲しい」と、デスクの声はいつになく高ぶっていた。


次回は、宇出津事件シリーズの第4回目。元捜査員と拉致事件の現場、通称『船隠し』を筆者と共に再び訪れた話を書きます(拉致の現場「舟隠し」、元捜査員と共に訪問|【宇出津事件】第4回)


※本来は無料でのブロマガ配信を考えていたのですが、フリーでの取材活動を続けていくために経費ねん出の必要性もあり、月500円の購読料のご負担をお願いすることとなりました(第6回目まで無料)。このブロマガは私の体力が続く限り継続していくつもりです。よろしければ拉致事件の真実を一緒に考えていただきたく、何卒ご購読をお願い申しあげます。

コメント

非公開コメント
Profile

佐村多賀雄

samurajournal

大阪芸術大学卒。地方紙記者、講談社フライデー、そして週刊現代を経てフリーに。週間フライデー拉致犯追跡チームにて拉致実行犯に対し直撃取材を何度も試み、多くのセンセーショナルな記事をあげる。その膨大な取材量と捜査員など関係者一同からの聞き取り調査は、現在においても色あせることはない。『なぜ犯人が捕まらないのか❓』という疑問に対し、現場の最前線でこの20年近く向き合い続けてきた、拉致事件を専門に扱う異色のジャーナリスト。

Archive

月別アーカイブ

Search

検索フォーム

RSS

RSSリンクの表示

QR Cord

QRコード

QR